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バリのひと雫

* 写真家 加藤文太郎が、「直観」による写真と言葉で独自の表現をする 作品集。 大きいサイズの写真を使用。

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テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2014/06/24(火) 19:43:07|
  2. 文写家
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脳の落とし穴

















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現代人のプライドは、自分たちの能力でわからないもの(コトバ)は、(自分がわかっていないとは思わず、)
わかる価値のないものとして、“無視する”というオゴリがある。
現代人の脳が造りだした文化は、確かにすばらしいものがあるが、遺伝子操作や原子力利用の技術をもつほどに発達しながら、我々は、木の葉一枚、造ることは出来ない。


我々の脳は、そのことを知って居る。
しかし、遺伝子操作や原子力を扱える程の高度の機能をもつ脳が、どうして木の葉一枚をも造れないのか?という理由(生命の物理)については、本気で考えようとはしない。


なぜかというと、木の葉一枚でも「生命」だから、我々がいくら考えても、わかる筈は無いことを承知しているからである。


これは、つまり、現代人の脳の考える能力は、有史以来の文化のレベルでのみ有効であり、人間の真の意味での生命の文化の為に考えることは出来ない、ということを裏書きするものだ。


故に、今、自分たちの文化が破錠を来たし、滅亡の危機にあることを、自分たちの脳は、知って居るが、その自分たちの生命の滅亡を救うスベを考える能力は無い。

ケストラーは、「人類の脳の進化の途中に何かが間違ってしまったのではないのか?」という言葉を残して自殺したが、彼らは、自分たちの能力が無いことは知っていても、自分たちの考えとは「別の考え方があることを」考えもしないので、ソレに出合ったとしても、自分にわからないものは、自衛本能的に、受け入れを拒否するのである。


そもそも自然の動物の脳の能力は本来、一つであって、その脳が、別のハタラキをするということは無い。


人類に限って、脳の本来のハタラキのみでなく、本来の生命本能的な方向性をもつハタラキは忘れられて、もっぱら、別のハタラキ(方向性が無く、八方に枝分かれした考え方)が主導権を得て、進化した脳の能力のあらん限り、ムリヤリに、突進することになってしまった。


それが、“有史以来の現人類の社会の姿であり、それは、人類の進化した脳の落とし穴に陥った為であり、「現代人の脳は3%しか使われず、多くの脳が眠っている」といわれる所以である。



一たび、本来の、生命本能的な方向性を失って、無方向に(人間レベルの欲望や願望や感情のままに暴走を始めた脳(考え方)は、いかに進行しても、本来の方向性をもつ脳(考え方)に一致することは無い。


このまま進行を続ければ、本来の天然自然のバランスを失った脳の考え方によって、現人類は、地球を少々汚染して、自滅するしか無いであろう。(地球は、人類が亡んで後、修復して存在し続けるだろう。)



決して従来の終末論や予言等の根拠の怪しいオドシ文句ではなく、現代技術の文化は、これほど発達したのに、自分たちはどうして木の葉一枚造れないのか?
自分たちは一生懸命考えて、現代の文化をつくりあげてきたのに、結果人類の滅亡の危機に陥ったのは、どうしてなのか?
どうすれば、この危機を救い、人類の生命を豊かに保つ文化をつくることができるのか?
人間の幸せとは何か?
人間とは何か?
人間のあるべき姿とは何か?
生命とは何か?
宇宙とは?
天然とは?
自然とは何か?

このようなことを、無駄な先入観に囚われず、自分の脳で、まともに考える素直な気持ちにならない限り、我々現代人は、みずから陥った「脳の落とし穴」から脱出することは出来ないであろう。























テーマ:ライカ・マウント・レンズ - ジャンル:写真

  1. 2014/06/06(金) 02:16:41|
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